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  • ▲国登録記念物として登録されている玉禅寺。

  • ▲新百合丘駅。

麻生区ってどんなところ?

麻生区ってどんなところ? 1982年(昭和57年)7月に、多摩区から分離する形で誕生した川崎市で最も新しい区です。 麻生の地名の由来は、 旧くから麻が自生しており、8世紀には朝廷に麻布を納めていたという記録が残っている点から名付けられました。 「あさおく」と読むのが正しい読み方になります。区のほぼ中心にある新百合ヶ丘駅付近を基点とした街の形成に なっており、小田急小田原線・多摩線を軸にした東京のベッドタウンとして、今も発展が続いています。特に多摩線沿線は、 2002年(平成14年)以降、積極的に住宅地として開発を進め、新興住宅地が多く存在するようになりました。小田原沿線には、 日本最古の甘柿の品種と言われている、禅寺丸柿が発見された柿生地区があります。近年では、昭和音楽大学の誘致活動 や、川崎市アートセンターの建設、KAWASAKI しんゆり映画祭の開催など、川崎市の「芸術のまち構想」の一環として、 音楽や芸術関係へと積極的に参画しています。

王禅寺と北原白秋、そして甘柿

王禅寺は、真言宗豊山(ぶざん)派の寺院です。王禅寺は孝謙天皇(718~770)の勅命によって武蔵国都筑(つづき)郡 二本松で発見した銅造聖観世音像を当地に祀ったのが始まりとされている名刹で、関東の高野山と呼ばれていました。 本堂前の庭には柿生(かきお)の地名のおこりとなったといわれている、禅寺丸柿の原木(かながわの名木100選)が 保存されており、次のような伝説が伝わっています。 建保2年(1214)に、王禅寺を中興した等海上人が寺再建の為、 山中深くわけていったとき、赤い実をつけた甘柿をみつけ、これを境内に移植する一方、村人にも栽培を奨励したため、 この地で柿の栽培が盛んになったと言われています。徳川時代には江戸の市場へ出荷し、大層な売上となり、村人の 貴重な収入源になっていました。禅寺丸柿の原木の傍らには、王禅寺の自然を愛して度々訪れていた北原白秋が、 昭和10年に『王禅寺に想う』を執筆しています。その北原白秋(1885~1942)の句碑が、ここに建立されています。 この句碑は、昭和42年(1967)11月2日に建立されたもので、白秋の自筆による「柿生」の句が刻まれています。 禅寺丸柿は、平成19年7月26日に、国登録記念物として登録されました。

魅力的な街、新百合ヶ丘の過去・現在・未来

開業当初の1974年(昭和49年)は、丘陵地の中にある駅といった風情だったが、川崎市の主導により丘陵は削り取られ、 麻生区の拠点、または川崎市の北部副都心として発展し、1998年度に建設省(現・国土交通省)の都市景観100選を 受賞しました。新百合ヶ丘エルミロードと新百合ヶ丘サティ・ビブレが完成してからは急激に駅周辺が発展し、周辺道路の 交通状況は慢性的な渋滞が発生するようになりました。2000年代に入り、駅周辺の各地区で開発が盛んに行われ、 南口のあさひ銀行(現・りそな銀行)グランド跡地には、昭和音楽大学が2007年4月1日に厚木市より移転・開校し、 北口から3分程歩いた所の丘陵地区では土地区画整理事業を経て、2007年に「新百合山手」として街開きし、大規模 マンションや一戸建、文化・医療施設などが次々と建設。町内会が街の美化を積極的に図っており、安心・安全・快適な 新百合ライフを実践。ますますの発展が期待されています。

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